リンちゃん
ジエン・マンシュー(簡嫚書)

大学生の時に台湾教育部のテレビ広告に起用される。2010年にデビューし、同年ドラマ『あの日を乗り越えて(Year Of The Rain)』で第45回金鐘賞(台湾テレビ番組、ドラマアカデミー賞)の主演女優賞にノミネートされた。2015年に映画『菜鳥~Maverick』で第52届金馬獎の最優秀助演女優賞ノミネートされた。2016年に映画『菜鳥~Maverick』で第18届台北映画祭の最優秀助演女優賞。
映画
2012年:「狼が羊に恋をする時」 - 小羊 役
2014年:「大稻埕~Twa-Tiu-Tiann」 - 阿蕊 役
2015年:「OPEN! OPEN!」 - 花花 役
2015年:「菜鳥~Maverick」 - 安安 役
2017年:「ママは日本へ嫁に行っちゃダメというけれど。」

モギさん
中野裕太

演技を、現在に至るまで数年間にわたり今井純氏、松本永実子氏(JOKO演劇学校教務主任)に師事、 歌唱を青木Fuki氏、笹森壮大氏に師事、 クラシックバレエ・コンテンポラリーダンスを 峰本春菜氏に師事。
映画「ツレがうつになりまして。」「遠くでずっとそばにいる」ドラマ「なぞの転校生」(TX)など多数の作品に出演。2012年秋には舞台「レンタル彼女」で舞台初主演。2015年にはドラマ「ウロボロス~この愛こそ、正義。」(TBS)、「探偵の探偵」(CX)、映画「新宿スワン」などに出演しその日本人離れした演技力に注目を集めている。初主演映画「もうしません!」も同年公開。2017年「新宿スワン2」出演。

原作者

リンちゃん 出身地:台湾
(林薏涵/LIN YIHAN):1989年7月24日
モギサン 出身地:日本
(茂木洋路/HIROMICHI MOGI):1983年10月18日
『ママは日本へ嫁に行っちゃダメと言うけれど。』の実際のモデルとなった、リンちゃん(台湾人)・モギサン(日本人)夫婦。現在はSNSと著作活動に加え、日本と中華圏を行き来しながら、衣服デザインや、現地のバラエティ番組への出演、企業・自治体の日台観光関連PRのイメージキャラクターを務めるなど、幅広く活動中。

リンちゃんママ
ワン・サイファー(王彩樺)

1969年11月24日(48歳)
女優 歌手
幼少期に父親の事業が失敗。その借金を幼い頃から働き、肩代わりして返済したとても苦労人。中学卒業後、ライブハウスやナイトクラブで歌手としてキャリアをスタートさせた。台湾芸能界において人脈も広く、豬哥亮や文英の協力により女優業へと幅広く活動していく。テレビドラマ、『鳥來伯與十三姨』に出演した事によりブレイク。その後、数多くの作品やバラエティ番組に出演。人気を博す事になった。台湾の浜崎あゆみ。ハローキティのコレクターとしても有名。

アケミちゃん
リン・メイシュー(林美秀)

1967年6月6日(50歳)
女優、ダンサー 国光美術学校舞踏家卒業後、
台湾ダンサー界の重鎮、馬雷蒙の元でキャリアをスタートさせる。その後、大手健康食品会社が提供するのど飴のCMキャラクターに抜擢された事を契機に女優業へと転身。第40回金馬獎にて助演女優賞に輝いた。更には2004年、アジアパシフィックフィルムフェスティバル『助演女優賞』、2012年には第47回金鐘獎『助演女優賞』など輝かしい躍進を遂げた。プライベートでは2014年に14歳年下のカメラマンと結婚。台湾でお母さん役と言えばこの人と言われている

モギさんパパ
蛭子能収

1947年10月21日(69歳)
漫画家、イラストレーター、エッセイスト、ギャンブラー、俳優
熊本県天草市に生まれ、長崎県長崎市育ち。
長崎商業高等学校卒業後、地元の看板店に就職。1970年に上京し、看板屋、ちり紙交換、ダスキンのセールスマンなど様々な職業を経て、1973年、『月刊漫画ガロ』8月号に掲載された表題「パチンコ」にて漫画家としてのキャリアをスタートさせる。以後、自販機本や官能劇画誌などを中心にヘタウマ漫画家として様々な不条理作品を発表していく。特異な作品でサブカルチャーの分野から注目を集めていたが、1980年代からはタレントとしての活動に重点をシフトしていく。その後、数多くのTV番組や映画に出演。マルチな才能を発揮していった。。

大谷主水

1980年7月18日(36歳)宮崎県宮崎市出身。
元テコンドー世界選手権日本代表、俳優モデル
宮崎大学教育文化学部付属中学から日向高校を経て、大東文化大学に入学。
同大学にてテコンドー部に所属し、日本代表選手として選出される。
同大学卒業後、韓国啓明大学に所属しテコンドーを続けるが、2006年開催の世界選手権にて準々決勝敗退。現役引退を決意する。
その後、台湾に渡りモデル活動を行う。しかし、偶然出演した現地バラエティ番組で突如笑いの才能が開花する。以後、台湾バラエティ界に無くてはならない外国人コメディアンとして老若男女に幅広く認知される事となっていった。
2011年、台湾テレビドラマ『勇士椚』に出演。俳優としてのキャリアもスタート。2014年には生まれ故郷の宮崎県にて『大谷主水のミヤザキ・リレート・タイワン』と言った冠番組がスタート。地元宮崎と台湾を繋ぐ架け橋的タレントとしても活躍している。

岡本孝

1984年6月1日(32歳)大阪府出身
俳優、映像クリエイター、写真家
上京後、映像制作を中心に国内外のアーティストたちと個展を開くなどクリエイターとして活動を始める。2013年、彼が愛したアジア映画への思いと情熱が暴走し、それまでのキャリアを全て捨て俳優になるべくして単身渡台。
しかし、現地にあてが有った訳でもなく、そんな彼の無謀な賭けは当たり前の様に砕け散る事となる。彼に待ち受けていたのは不法滞在外国人ホームレスとしての汚名を着る事だった。永遠かと思える様な苦悩の日々。一縷の望みを託して生きる道を模索していた時、偶然飛び込んだ居酒屋で何とか仕事を得る事となった。
その後、スコティッシュウイスキーのCMモデルを募集するオーディションに合格。モデルとしてのキャリアを現地にてスタートさせる。
2015年、現地人気ドラマ『春梅』に出演。
念願の俳優キャリアをスタートさせる。

与座重理久

1981年8月23日(35歳)
沖縄県出身 俳優 2002年に俳優デビュー。
2007年には特撮テレビドラマ『ULTRASEVEN X』で主演、ジンを演じた。
その後、様々な映像作品にてキャリアを積んでいたが、言葉にできない圧迫感や飢餓感を感じる様になる。2009年、石田企画と契約。このマネージメント契約こそが彼の人生の分岐点となる。2010年以降、家族を連れて一念発起、活躍の舞台を海外へと求める事に。渡台へと繋がる。その後、台湾にてMAZDAのCMや現地の人気テレビドラマに出演。2016年には日本国内にて民泊問題をテーマにしたドラマ『拝啓、民泊様』(MBS/TBS)に出演。逆輸入俳優として注目を浴びる。

主題歌「ハンブンコ」

ericka hitomi(エリカヒトミ)

生まれてから3歳までアメリカニューヨークで過ごし、その際にミドルネームである「ericka」が付いた。(しかし、英語は喋れない)東京都世田谷にて育ち、現在は「フェリス女学院」に通う現役女子大生。2014年から親友の一声で本格的に音楽活動を開始。「Zepp Namba」出演・BS-TBS「音ボケ POPS 新人発掘オーディション」出演・2015年からはライブスペース中目黒「大一大万大吉」 の「カンバン娘」として働き始め、『_| ̄|○(ヘタレ)な自分とSAYONARAツアー 2015』と題し、2015年6月1日から6月30日まで毎日ライブを行う。

DISCOGRAPHY

ただの日常
CDタイトル「ただの日常」
発売日‘15.7.18発
品番ASPL-0007
価格1,000円(税込)

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